2009年 08月 31日

追憶

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「本山先輩」と呼んでいました。
先輩といっても、かんなママと同じ中学校の先輩ではありません。

かんなママの中学・高校時代の話になりますが、、、
バドミントンを少々頑張っておりました。
でも、中学校には当時「バドミントン部」というものはなく、かんなママは、市内でその道では有名な方に指導して頂き、男子高校生に混じって練習をしておりました。当時では珍しいパターンでしたね。
そこでは一般社会人も練習されていて、その一般社会人のお一人がとある中学校のコーチをされていました。
そんな関係・ご縁があり、その中学校でも練習をさせて頂けるようになりました。

その中学校のエース的存在だったのが「本山先輩」でした。
長身でパワーがあって、中学生では練習にならないので、高校生や社会人の方と練習をされていました。

憧れ♪とか、好き~♪とか、そういう感覚ではなく、「全国を狙える(優勝できる)人って、こういう人のことをいうのね!」という感じでした。そんな存在が身近にいるなんて、へ~!、、、みたいな。

高校時代でも大活躍でした。
かんなママ、ちょっと有名な高校でバドミントンをしていたので、遠征先でも先輩の高校と同行することが多かったですね。妹の話では、両親同士も交流があって、家に遊びに来たこともあるとか。



訃報は新聞の、わずか5㎝くらいの記事で知りました。
何度も読み直し、何とも言えない感じが込み上げてきました。
若すぎます。。。突然すぎました。。。今でもため息の連発です。。。

コーチに何言われようが文句を言わず、ふて腐れた態度を見せることなく、がむしゃらに角度のあるスマシュを打ち込み、「攻撃」でゲームをリードする「攻め」のスタイルは忘れられません。。。
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by kan-chan1013 | 2009-08-31 11:40 | その他のつぶやき


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